余華の『ほんとう中国の話をしよう』で、ほんとうのとこを知る

(3分で読めます)

 

1 はじめに…

毎日ネットで中国の話題を目にしないことはありません。
共産党の大風呂敷、尖閣諸島、歴史問題。
かと思えば、爆買い、「日本に感動した中国人…。

一体本当のとこ、中国ってどんな国なんだ?

そんな疑問が一部氷解させてくれるのが
余華の『ほんとう中国の話をしよう』です。

 

「オバマのブラックベリー、わたしのブロックベリー!」

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Source: Keepin' it real fake, part CCXVII: Not even Obama can sell us on BlockBerry

 2 余華って誰?

1960年杭州生まれ(上海から高速鉄道で1時間の街)、
現在北京在住の作家。
文化大革命体験後、
歯科業(抜くの専門)に従事。
2005年発表の『兄弟』がベストセラー。

この作家、ええ面構えしてはります。
根性入ってます。
さすが無免許で数知れない歯を抜いてきただけあります。
(注意:当時の中国では医学校に行かなくても歯医者になれた)


3 何が書いてあるの?

原題は『中国がわかるキーワード10』といった感じです。
「人民」、「領袖」、「読書」、「創作」、「魯迅」、
「格差」、「革命」、「草の根」、「山寨(シャンチャイ)」、

「フーヨウ」

の言葉から、共産党下の中国社会に切り込みます。

かなり鋭く、ググっとね。

「人民」のところで
1989年の天安門事件に触れているため
中国国内では発禁本。

と書くと、すごく真面目な政治的思想本?
かと思われるかもしれません。
しかし、そこはベストセラー作家、
面白おかしく読ませてくれます。


4 一押しする理由!

この本は、文化大革命から天安門事件を通じ現在に至るまで、
内側から体験した中国社会の価値観の変化を
分かりやすく描いています。

p.11 「人民」
 昨今、西洋の人々は中国の巨大な変化に驚いている。
川劇(四川省の地方劇)のピエンリエン(顔を早変わりさせる技)のように、
中国はわずか三十年で、

政治至上の国から金銭第一の国に返信してしまった。

 天安門事件は、中国人の政治的情熱が

一気に爆発したこと、
あるいは文革以来たまっていた政治的情熱が
一時的にカタルシスを得たことを象徴するものだった。
それからは金銭的情熱が政治的情熱に取って代わり、
誰もがみな金儲けにはしたので、
当然ながら一九九〇年代には経済的反映が訪れた。

ここまで急激な価値観の変化を遂げた国は
ないのではないでしょうか。
そして、昨今耳にする中国人の行動の極端さ
(爆買、南シナ海での主張など)は
このような変化に関連付けると
より理解できるように思えます。

いわゆる中国政治専門の大学教授による説明に
いまひとつ感覚的にピンと来ないという方、
ぜひ『ほんとう中国の話をしよう』を読んでみてください。
モヤモヤが解消されますよ。


5 では、三ヶ所ほど読んでみましょう

p.159 「格差」
 二〇〇九年二月、
私はバンクーバーのUBC

(ブリティッシュコロンビア大学)で公演をした。
二〇〇六年の時点で、中国には年収八百元

(今の換算で約1万2800円です。おれみ)
以下の貧困層が一億人いると聞いて、一人の中国人留学生が立ち上がって言った。
「金銭は幸福を量る唯一の基準ではありません」
 この言葉は私を震撼させた。

それが一個人の声ではなく、
今日の中国で多数の声となっているからだ。
彼らはますます反映する中国の現状にどっぷり浸り、
いまだに一億を超えるひとたちが想像を絶する貧困の中で
暮らしていることに関心を示さない。
思うに、我々の本当の悲劇はここにあるのだろう。
貧困や飢餓の存在を無視するのは、貧困や気がそのものよりも恐ろしい。
 私はその中国人留学生にこう答えた。
「我々が論じているのは幸福の基準ではなく、
普遍的な社会問題です。
あなたがもし年収八百元以下の人なら、

その発言は尊敬されるでしょう。
あなたは違います」

鄧小平の先富論(せんぷろん)は、

「先富起来 幇助落伍」
(可能な者から先に裕福になり、落伍した者を助けよ)

であったはずなのに…。

マリー・アントワネットの「パンがないなら菓子を食べれば良い」
の言い草と変わらないことをうそぶく「強者」の欺瞞を
一蹴する余華に、ちょっとしびれちゃいました。

 

p.159
 一九九九年、教育部は高等教育の学生募集を
大幅に増やすことに決定し…二〇〇六年の高等教育機関の
学生募集数は五百四十万人…在学生の人数は二千五百万人となっている。

 今日の中国では、栄光のデータの裏に必ず危機がひそんでいる。
中国の大学が学生募集拡大のために背負った借金は、
すでに二千億元を超えている。
…また大学の学費はここ数年間に、

ランクの違いによって、
それぞれ二十五倍から五十倍にも値上がりした。
これは収入の増加の十倍である。

さらに、大躍進式の学生募集拡大は大学生の就職難を

招いている。
毎年、百万人以上の大学生が仕事を見つけられない。

中国の大学生の深刻な就職難は、
マネージャー職に増加の余地がないからとだけ

考えていたのですが、
政策により大学生を大増産した結果だとは知りませんでした。
このような、政府による一方的な増産活動は
毛沢東時による「大躍進運動」であり、
その結果は空前絶後の大飢饉など悲惨なものでした。

鉄鋼の過剰生産問題や、高速鉄道の国内外拡張、

南シナ海の開発など、
現在は世界規模で「大躍進運動」を推し進める中国ですが、
そのツケの大きさやいかに…

 

p.168「シャンチャイ」
 コピー版の規模が急速に拡大するのに伴って、
携帯電話のブランドもダサイになった。
最近売りだされたものはハーバード大学の名前を借用し、
製造元は自称「ハーバード通信」、
オバマ大統領をイメージキャラクターに使っている。

宣伝広告のオバマは微笑みながら言う。
「オバマの黒苺(カナダブランドのBlackBerry)、
私のBlockBerry疾風(Stormは実在する機種名)9550」

(実際の広告はこの記事のトップ画像を参照。おれみ)

...
 アメリカ人が自国の大統領が中国の

コピー版携帯電話のイメージキャラクターに
使われているのを見たら、開いた口がふさがらない

はずだ。
だが、我々中国人は気にしない。
オバマをコピーして何が悪い?
今日の中国では、在任中の党及び国家の指導者、
そして引退後まだ存命中の党および国家の指導者を

除けば、
誰をコピーしてもいい。

そ、そうだったんですか?
去年上海に行った時、やたらオバマグッズ

(キーボルダーやポーチとか)が
売られてたけど、当然全部オバマさんと関係ないんですね。
まあ、予想はしてましたが。

「シャンチャイ」という言葉は、コピー、パロディなどの意味で、
非常に都合がよく使われているそうです。

余華自身が、自分の著作の海賊版を売っている本屋に

詰めよった際も、

「海賊版じゃない、シャンチャイ版さ」
ニセのインタビューやニュースも「シャンチャイだから」で
すまされてしまうらしい。

「なんちゃって」って感じでしょうかね。
なんか語感も似てるし。
習近平の親戚がパナマ文書でタックスヘイブン口座を

暴露されましたが、
これも
「あの口座シャンチャイなんで」
で無問題! じゃなくて 没问题! 

なのでしょうか?


6 関連書など

余華の中編小説『血を得る男』

自らの血液を得ることで人生を乗り切ってゆく工員の一代記。
文化大革命以降の中国を、ユーモアと人情で描いています。
所々にえげつないシーンもあり、ショックを受けたりして。
最後まで楽しんで読めますよ。

 

7 最後に

『ほんとう中国の話をしよう』を読むと、
中国人のことが前よりも分かるようになります。

できれば中国旅行に行く前に、読んでおきたい本です。
名所やグルメはガイドブックで分かりますし、
歴史を知るなら専門書があります。
でも普通の中国人の意識が
毛沢東時代以降の50年でどんなふうに変わっていったのか、
コンパクトにまとめた本は
そうないと思います。