アイリーン・チャン短編集『ラスト、コーション』◇中国戦中派女子文学、新感覚派(?)

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「かかってきなさい!」

などというセリフはございません。

 

なにが度肝を抜くかって、

ひたすらタン・ウェイの脱ぎっぷりばかりに
眼が言ってしまう映画『ラスト、コーション』ですが、
原作の短編小説はあっさりとした中にも
キラリというかギラリと光る
おっしゃれ~な女子文学でした。

 

 

2 アイリーン・チャンって誰?

あの魯迅の後継者とまで言われた
気鋭の女性の文学者。
第2次大戦とその後の中国共産化という
歴史の大波に翻弄される。
米国にて死す。


3 何が書いてあるの?

4つの短編。

ときに話が飛ぶし、中国人の名前が
ごっちゃになり、
ついていけないこともある小説。

読後感はどれもいい。


4 一押しする理由!

戦中の知的でおしゃれな上海ガールの雰囲気が
たまりません。

 新感覚派の流れに近い?

ダダとかモガとかカワバタとか。

 

5 心に残った言葉 (ネタバレご注意!)

小説「色・戒」(ラスト、コーション)の出だし

p.8

 真昼だと言うのに、マージャン卓は
強い電灯に照らされている。
マージャン牌を混ぜるたびに、
それぞれの指にはめたダイヤモンドの指輪が
目に痛いほどキラキラと光る。
白いテーブルクロスの四隅はテーブルの脚に結ばれ、
シワひとつないようにぴんと張られているので、
まぶりいくらい真っ白に見える。
強い明かりによる明暗は、佳芝(ジアジー)の
胸の谷間をことのほか際立たせ、
その顔は容赦ない強烈な光に耐えている。

 

小説「色・戒」(ラスト、コーション)の出だしです。
異様な光景、異様な美しさによる描写が、
異様な時代の、異様な愛の駆け引きの前触れとなっています。
視覚と聴覚に訴えてて、映画的な感覚がいい。

 

愛に気づいてしまう瞬間

次は、佳芝が自分が騙した男易(イー)への愛に気づいてしまう

瞬間。


p.41

だがこの時の微笑みには、冷ややかさは微塵もなく、
少し哀愁を帯びているだけだった。
彼の横顔にランプの明かりが当たっている。
視線を下にした彼の睫毛は、薄黄色の蛾の羽が
窪んだ頬の上に載っているようだ。
佳芝はそこに優しく慈しむような表情を見て取った。
 この人は本当に私を愛している。いきなりそう思った。
すると激しい炸裂音が胸の中で起こり、
何かを失ってしまったように感じた。
 遅すぎたのだ。
 店主が受注書を易に渡すと、彼はそれをポケットにしまった。
 「早く行って」佳芝が低い声で行った。


かっこいいなあ。スパイの恋って。
この愛の代償として、命がかかってしまうわけなんですが。

 

映画『美人魚』のテーマ

使命を忘れ、愛に命をかける!
これはチャウ・シンチーの『美人魚』のテーマでもある。

 

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共産党への恐怖 

最後に「浮草」の共産党に対する描写をちょっとだけ。

p.150

彼女は世界の週末前夜のような感覚を抱いた。
共産党が着たばかりの頃は、
一般市民はその厳しさを知らなかったが、
二、三年過ぎると、少しわかってきた。
これはみずからの命運を他人に任せたあと、
うしろから首を絞められて、もがいているようなもので、
せめてできることをやっているのだ。
 恐怖の要望に定形などなく、あまりにも多様だ。


最後の行はトルストイへのオマージュ?

彼女の小説を読むと、戦前の上海の資産階級にとっては、
日本も共産党も同じく蛮行を働くよそ者であることが
理解できます。
日本は去り、共産党が逗まった。

そのために作家も上海から香港、米国へ脱出せざるを得なかった。
これは、その後の文化大革命で激しい弾圧を受けた
裕福な文化人共通の運命でした。
武術の達人も迫害の対象でしたので、
イップ・マンも、ドニー・イェンのお母さんも同じように、
香港へ逃げたのです。

(表立っては言えないことなのでしょうが…)

今の香港人の心境もこれに近いものと察します。

 

映画『十年』予告編 

youtu.be

 

10年後の香港の未来を問う話題作!

香港映画『十年』予告編 

 

6 関連書など

映画『ラスト、コーション』(2007年)

YouTubeにはあまりにもベッドシーンの釣り動画が多い。

(はい、釣られました)

ここは素直にオフィシャルトレーラーを貼っておきます。

 

7 最後に

知的上海女子の筆にかかると、
耐えがたい歴史の苦難さえ愛のドラマになってしまう。
今の香港でアイリーン・チャンみたいな素敵な作家
いるんじゃないかな?
ご存知の方はぜひ教えて下さいませ!